つゆのあとさき
PENTAX *ist DS + smc PENTAX-DA 18-55mm F3.5-5.6 AL
「人間、そんなに強いものじゃない。耐えて耐えて、最後まで耐えて、耐えきれなくなったら人間は壊れてしまう」「彼は世間に負けたんじゃない、自分に負けたのだ。他人や社会のせいじゃない」
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「携帯電話だけが、自分の存在を示すことができる唯一の場所だった。その拠り所でも疎外感を感じて」「人を使い捨てにする社会、派遣労働、日雇い派遣、社会構造を変えない限り、この種の事件はなくならない」
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どんな切り口も一理あると思うし、唯一これが正解というものもありません。もちろん、どんな背景があるにせよ、彼の犯罪は許されるものではない。亡くなられた方の無念さ、そして、ご遺族の気持ちを思うと言葉がありません。
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ニュースでは、彼が高校に進学して成績が落ちてしまった時、両親ががっかりして、彼は両親に見捨てられたと感じてしまっということが報じられていました。もし彼の両親が、テストの点数だけで子供の能力や価値を決めてしまうような人間だったとしたら、今回の事件の根本原因は、悲しいけれどそこにあったのではないかと思うのです。
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私が、彼や彼の両親と会うことは無いけれど、もし会えたなら、学生時代に塾の生徒たちに伝えていた「贈る言葉」というメッセージを伝えたいです。
「贈る言葉」
勉強というものは、机に向かってするものばかりではない。教科書と鉛筆とでできる勉強などは、勉強のほんの一部である。学校で勉強できることは、卒業してから学ぶことにくらべれば、本当にわずかなものである。それよりも、友達との友情の中から、喧嘩の中から、家族とのふれあいの中から、また恋愛の中から学ぶことの方が、どれほど多く大切だろうか。学校のテストで測れる能力は、君たちのほんの一部分でしかない。
しかし、現在の学歴偏重主義は、とにかく偏差値の高い高校、そして偏差値の高い大学へ入学しさえすれば人生が保証されるであろうなどという誤った認識を世間一般に植え付けてしまったように思う。小学校の低学年の頃から有名(大学合格者が多数でるという意味で)中学を目指して受験勉強を子供に課す。
その結果、確かにペーパーテストは得意だが、自分で考えたり、探ったりする能力、つまり創造力の全くない受け身でしか行動できない子供が多くなってはいないだろうか。子供たちを、学力でしか人の存在価値を判断できない、ワンパターンの人間にしてしまってはいないだろうか。
生きるということは、様々な価値観を持った人々とふれあうことから自分の存在を確認し、そして他人の存在をも認めることである。人間には本当に様々な能力があるということを認めることである。学術、スポーツ、音楽、美術、一人一人に好きなもの得意なものがあり、それらに決して優劣はない。それが個性というものなのだ。そんな当たり前のことが、今日忘れられようとしている。大人たちよ、もう一度生きるとは何かを考え直そうではないか。
そして、君たちは、決して自分の夢や希望を失うことなく成長してほしい。好きなことを沢山見つけ、苦しさを乗り越えられる人になってほしい。君たちの好きなことを綴ったこの文集を、君たち一人一人に贈りたい。ありがとう。
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