ウェブの墓標
韓国はソウルに、小鳥の喫茶店があります。
これがとっても楽しい喫茶店で、小鳥が店内を飛び回っているのです。かわいい!なごむ!癒される〜。
この小鳥の喫茶店にいってからというもの、猫好きな私は、いつか「猫の喫茶店」を日本に作りたいと思ったのでした。
いや、あわよくば、「猫の飲み屋さん」、すなわち「猫バー」を作って濡れ手に粟、一攫千金 ☞ つまりこいうこと:
「お客さん、今日はカワイコちゃんが入ったんですのよ」
「ほぉ、ちょっと見せてよ」
「ほら、はじめまして、ミケちゃんですよ〜」
「ミャア〜ん」
「おぉ〜!かわいいねぇ」
「ほら、ミケちゃん、缶詰おねだりしたら?」
「ニャオ〜ん(すりすり)」
「おぉ、おぉ!缶詰買ってあげようねぇ、ミケちゃん! まぐろかな?かつおがいいかな?」
「かつお缶5000円、まぐろ缶6000円になります〜」
という感じの・・・。これ、ぼろ儲けじゃないですか?
そこで、この猫バーのアイデアを友達に話したところ、
「日本は衛生管理がうるさいから、きっと許可がおりないよ」
とばっさり。そうかぁ、とすんなりあきらめたところが、なんと最近は、ちゃあんと猫の喫茶店ができているとテレビで報道されていました。
ショック!
うーん、やっぱりやっておくんだったか、猫バー。
そんな私が最近考えた新しいビジネス。
ウェブ墓標。
今、世界はWeb2.0の時代に突入して、例えばブログやPodcastによって、だれもが情報をいとも簡単に世界中に発信できます。内容的に意味のあるなしに関わらず。
いずれにせよ、意味は受け取り手が感じるもの。検索エンジンの力を借りて、とりあえず自分にとって意味のあると思える情報を残すことが、いずれ誰かの役に立つ情報になる可能性があります。
(そういう私も、かなりくだらないような気のするブログを読んだりしてますから)
ブログが、「(疑似)報道」を家庭に持ち込んだ、といえるのですが、このようにすべての経済的・文化的な活動は、コンピュータの力によって「家庭化」されつつあります。
例えば、少し前には考えられなかったクオリティの写真が、すでに写真屋さんに現像にいかなくても、廉価なデジカメとフォトプリンタで、手軽に家庭で印刷できてしまうように。
あるいは、音楽を作ったり、アニメを作ったりすることは、いまやコンピュータソフトさえ選べばとても簡単で、気軽に手を伸ばせる行為になっています。(その功罪はここでは問わないことにします。)
そして、前述のように、それらの'作品'は、だれかにとって役に立つ情報である、可能性がある。
そう考えてきたときに、そもそも、私たちが「生きた証」にしたいのはなんだったのか?
もちろん、家族や子孫が覚えていてくれればいい、という考え方もありましょう。でも、「生きた証を世界に刻みたい」といったら、例えば本を書いて有名になったり、絵を描いたり音楽を作って名をなす、という行為を想起するのは、「生きた証」の通例なのではないでしょうか?
だったら、ウェブに残せばいい。
だったら、ウェブにみんなの墓標を残したらどうだろう?
個人の残した作品、それが日記であれ、写真であれ、音楽であれ。
現在なら、Googleがそれを見つけられる形で、すなわち世界中の人に「生きた証」を恒久的に伝えられる形で配信し続けること。そして、世の中の検索の技術やスタンダードが変化すれば、それにあわせて、データの形も変化させながら、情報をメンテナンスしていくこと。
できるだけ多くの人々に、故人の残した情報が伝わるように。
ウェブの墓場では、そのデータのメンテナンス事業そのものが、今、寺院がお墓のメンテナンスをしていることになぞらえられるでしょう。
「永遠にウェブにあなたの生きた証を残します。」
こんなウェブの墓標、商売になりませんか?
(文責: spoonik)
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