記事:S 教授 中洲に学生置きざり - 各人の本性見え隠れする -
事件は、十一月末日の週末、磁気組新井氏の MR 論文提出記念焼き肉パーティの後、起こった。研究室内からは「提出しただけで、まだ何も終わっていない。浮かれ過ぎではないか」との慎重論も出たが、焼き肉には代えられないとの意見が大勢を占め、開催に至った。
この日、大橋駅西口より徒歩八十七歩のところにある蕎麦の井の隣にある千萬億で開かれた焼き肉パーティには、S 教授以下、磁気組と大画面組から計十人が出席した。パーティは和やかな雰囲気の中で行われ、大画面組の山下氏も「肉は牛肉ですよ。ファイヤーミート!」と、すこぶるご機嫌であった。
パーティも終わりにさしかかった頃、出席者を驚かせる提案が S 教授からなされた。「中洲にカラオケのできる店があるんです。新装開店で招待されてるんです。行くか?」との提案であった。はじめは否決の方向で討議が行われていたが、磁気組の長嶋ジュニアこと川口氏などから「行きましょう」などの積極論が出はじめると、場内は「みんなが行くのなら、行ってもいいのでは」との意見に変わっていった。最後まで「俺は行かん」と主張していた大画面組の江頭氏も、結局「俺は歌わんからな」という条件で押し切られた形となった。
舞台は中洲へと急展開し、何と福博出会い橋にスナックのママが出迎えるという VIP 待遇から、この夜の饗宴が始まった。ママの名前は不詳であるが、彼女は S 教授を「教授!」と呼んでいた。また「うちのゼミの連中なんです」との S 教授の言葉に「セミじゃなくてゼミね!」との返事は、ギャグだったのか真面目な返答だったのか現在も謎である。
店は「青珠」という名で、那珂川沿いの新築のビルの三階にあった。店内はこじんまりとしており、ソファーに座った十名を待ち受けていたのは、ママの「カラオケの順番はあみだくじで決めましょ!」という江頭氏に有無を言わせぬ提案であった。これには、さすがの江頭氏も観念したようで、自分の名前をあみだに記入していた。順番が決まり、S 教授の「銀座の恋の物語」を筆頭に、それぞれが曲をこなしていったが、一巡目で皆を驚かせたのは、山下氏の選曲で「恋の予感」がカラオケの画面に現れた時であった。普段、山下氏は研究室において「この変拍子がいいんですよ」とか「ベースラインが納得いかん」などと音楽通を語っていたが、二曲目で「大きな玉葱の木の下で」を選曲したあたりから「だまされてたよ」との声があちこちで聞かれた。また、磁気組の植田氏は、相変わらずの青春路線で「なごり雪」「海岸通」などを熱唱した。
皆がカラオケを聴いていたのは最初の一巡だけで、あとは各人が勝手に飲んだり歌ったりの大騒ぎであった。水割りも進んでいたのか、磁気組の中川氏は顔を真っ赤にして、おつまみの皿を指差し「そのゼリーが食べた〜い!」「酔うと誰かに甘えたくなる〜!」と甘えた声を出し、ママに「ゼリーちゃん」というあだ名までいただいた。「ゼリーちゃん」が皆に受けたことに気を良くしたのか、ママは続いて磁気組の宮下氏を指差し「うちの支店長に似てる!」ということで、勝手にあだ名を「支店長」と決めた。また、大画面組の茅嶋氏は「換気扇」と呼ばれていたが、理由はいまだに解明されていない。
饗宴も佳境にさしかかったころ、S 教授はいきなり立ち上がると「それじゃ、僕眠くなったから、先に帰るよ」と言って帰途についた。これには学生達も驚きを隠せず「勘定はどうするんじゃ!」「はめられた!」との意見が相次いだ。
1991 年 12 月吉日発行:菅谷日報より
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