贈る言葉
大学時代、学習塾で講師のアルバイトをしていた私は、生徒たちに「勉強の意味」や「生きること」について考える機会を持ってもらいたくて、「好きなものについて」というテーマの文集をつくりました。最初は作文を面倒臭がっていた生徒たちも、自分の好きなものなら何でも OK ということで、最後は楽しみながら原稿用紙に向かってくれました。将来、夢、部活動、趣味、意見、動物、植物、それぞれの個性が溢れた文集ができました。これは、その文集の巻頭に私が寄せた「贈る言葉」です。
「贈る言葉」
勉強というものは、机に向かってするものばかりではない。教科書と鉛筆とでできる勉強などは、勉強のほんの一部である。学校で勉強できることは、卒業してから学ぶことにくらべれば、本当にわずかなものである。それよりも、友達との友情の中から、喧嘩の中から、家族とのふれあいの中から、また恋愛の中から学ぶことの方が、どれほど多く大切だろうか。学校のテストで測れる能力は、君たちのほんの一部分でしかない。
しかし、現在の学歴偏重主義は、とにかく偏差値の高い高校、そして偏差値の高い大学へ入学しさえすれば人生が保証されるであろうなどという誤った認識を世間一般に植え付けてしまったように思う。小学校の低学年の頃から有名(大学合格者が多数でるという意味で)中学を目指して受験勉強を子供に課す。
その結果、確かにペーパーテストは得意だが、自分で考えたり、探ったりする能力、つまり創造力の全くない受け身でしか行動できない子供が多くなってはいないだろうか。子供たちを、学力でしか人の存在価値を判断できない、ワンパターンの人間にしてしまってはいないだろうか
生きるということは、様々な価値観を持った人々とふれあうことから自分の存在を確認し、そして他人の存在をも認めることである。人間には本当に様々な能力があるということを認めることである。学術、スポーツ、音楽、美術、一人一人に好きなもの得意なものがあり、それらに決して優劣はない。それが個性というものなのだ。そんな当たり前のことが、今日忘れられようとしている。大人たちよ、もう一度生きるとは何かを考え直そうではないか。
そして、君たちは、決して自分の夢や希望を失うことなく成長してほしい。好きなことを沢山見つけ、苦しさを乗り越えられる人になってほしい。君たちの好きなことを綴ったこの文集を、君たち一人一人に贈りたい。ありがとう。
あの頃に戻りたいとは思わないけれど、あの頃の自分に会うことができるのなら、「勉強の意味」や「生きること」について話してみたいと思ったりします。それから、大人になった生徒たちに会ってみたい。でも、きっと誰もこの文集のことなんか憶えてないんだろうなぁ(笑)
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