ブルートレイン「さくら」の思い出
Yahoo!ニュース - 社会 - 読売新聞 :
「あさかぜ」「さくら」さようなら、別れ惜しむファン
ちょうど今頃の季節でした。高校時代、茅ヶ崎に住んでいた私は、第一志望の大学を受験するために福岡へ行くことになりました。当時、一度も飛行機に乗ったことがなかった私の選択肢は二つ、「新幹線にするか、寝台列車にするか」でした。今ならば、飛行機か「のぞみ」のどちらかになるのでしょうが、当時は高校を卒業して時間的な余裕もありましたし(受験勉強の余裕はありませんでしたが(苦笑))、何よりも列車の旅が大好きだったので、せっかくの機会だからと寝台列車を選んだのです。
それから 20 年が経った今、あの寝台列車での旅が私の記憶の中に鮮明に残っている理由は、同じ時間を共有した心地良さにあったのだと思います。向かい合わせのボックスシートで、共に夜を過ごした連帯感は、うまく言葉にすることができませんが、受験に向かう不安と孤独の中の、一服の清涼剤でした。楽しい時間はすぐに過ぎるものです。次の日の朝、列車が博多駅に着くまでの時間の短かかったこと。博多駅で下車する時、「試験頑張ってね!」と見送ってくれた三人の眩しい笑顔を忘れることはないでしょう。試験の結果はどうだったかと言えば、残念ながら「さくら」は咲かなかったのですが、それも今となっては良い思い出です。
今日、飛行機はもとより、新幹線で隣り合わせた人と連帯感を感じることはもうありません。少し寂しい気もしますが、それが時の流れというものなのでしょう。「あさかぜ」「さくら」の廃止は、そういう時代の象徴なのですね。ブルートレイン「さくら」の消滅と共に、私の「受験」の思い出も、確実に過去のものになっていくのでしょう。
| 固定リンク
「ニュース」カテゴリの記事
- ヤバイ日本語の言葉遣いって、ビミョー(2005.07.13)
- つゆのあとさき(2008.06.29)
- 現役復帰(2008.05.03)
- テレビとお金といじめ(2007.09.22)
- 猿もすなる禁煙といふもの(2005.10.06)

コメント
ブルートレインといえば子供の時に両親の実家の宮崎に行く時に利用していました。
夕方大阪駅の周辺で早めの晩御飯を済ませて「彗星」に乗りました。
30年ぐらい昔は食堂車が連結されていて朝ごはんにオートミールなんかが出ていました。
あの時の記憶があるので田町の操車場でブルーの車両を見るとコーフンします。
学生の頃にイギリスや中国でも寝台車に乗りました。
今でも時間があれば乗ってみたいと思います。
投稿: 鵠っ子 | 2005.03.07 17:18
♪鵠っ子さん
ブルートレインの旅、
今では一番贅沢な旅になってしまったような気がします。
時間的にも精神的にも。
投稿: 現代音協楽 | 2005.03.08 09:55