ライブドアが目指すメディアの姿とは(2)
昨夜の NEWS 23 、筑紫哲也氏とライブドア社長の堀江貴文氏の対談を見ました。「2005.03.07:ライブドアが目指すメディアの姿とは」で述べたように、これまでは「どちらが何%の株式を保持するのか云々」といった内容ばかりが報道されてきた訳ですが、昨夜の NEWS 23 では視点を変え、堀江氏が目指すメディアについての突っ込んだやり取りがなされていました。
対談の詳細は、「ポポのがんがれ日記」さんのブログに詳しくあります。私が共感した堀江氏の発言としては、
- インターネットでは、個人のジャーナリズムが自由に意見を言うことが可能で、それを皆が重要だと思えば見てくれる。
- テレビは時間的な制約があるので取捨選択をするが、そこに恣意性が入ってしまう。しかし、インターネットでは恣意性があまり無く、読者の側がそれをチョイスできる。
- インターネットのジャーナリズムというのは、読む人がいい記事だと判断して主体的に読んでいる。プッシュ型ではなくプル型であり、その方が価値が高いのではないか。この利点をブログから放送にもフィードバックしたい。
- インターネットのジャーナリズムも、実際に体験してみないと分からない。
- 現存する民放のテレビ局との違いは、市民が主体的に参加しているかどうかである。
- 自分で発信して自分でチョイスすることを沢山やっていくと、それがトレーニングとなり、いいメディアの受け手、発信者になれる。
この対談に関して、インターネット上で色々な意見を読みましたが、どちらかと言うと、筑紫氏に批判的な意見の方が多くみられました。それらは、「筑紫氏はインターネットの世界を分かっていない」とか、「良く知らないくせに脅威論ばかり言っている」というような内容でした。筑紫氏がインターネットについてどの程度理解しているのか、また、普段どの程度インターネットを利用しているのかは知る由もありませんが、私は、昨夜の対談は評価に値するものだったと思っています。このような視点での報道を考え、実際に報道したことに意義があったと思うのです。
インターネットについては、例えば年輩者の方々が、現状あまり知識がないのだとしても、これから知れば良いことですし、今後インターネットの在り方も日々変化していくでしょう。昨夜の報道を見てブログに興味を持ち、やってみようと思った人も少なからずいたのではないでしょうか。フジテレビ会長の日枝氏が、インターネットやブログについて、どういう考えを持っているのかを訊いてみたい。次は是非、日枝氏に NEWS 23 に出演してもらって、同じテーマで対談していただきたいものです。
« ピアノ購入記(4) | トップページ | 記事:研究室に二人目のパチ夫 !? »
「ニュース」カテゴリの記事
- ヤバイ日本語の言葉遣いって、ビミョー(2005.07.13)
- つゆのあとさき(2008.06.29)
- 現役復帰(2008.05.03)
- テレビとお金といじめ(2007.09.22)
- 猿もすなる禁煙といふもの(2005.10.06)
コメント
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/82331/3234338
この記事へのトラックバック一覧です: ライブドアが目指すメディアの姿とは(2):
» ライブドアにトラックバック [話題のキーワードを斬る]
サイトに書き込みすでに1万件・・・・すごい... [続きを読む]
» 筑紫哲也vsホリエモン [ポポのがんがれ日記]
今日のホリエモン、夜のニュース4本も出てたらしい。NEWS23は録画で見た。筑紫哲也のまともな質問に熱く答えるホリエモン。終わった後、とても嬉しそうな顔してたな... [続きを読む]
» 妄想してみる(テレビとネットの真の融合とは?) [エントロピーは増大し続ける・・・]
フジテレビとライブドアの抗争を、いつも経済の視点から見ていますが、たまには別の視点から眺めてみるのもいいかもしれません。
ということで、テレビとネットの融... [続きを読む]
» NEWS 23 、筑紫哲也氏とライブドア社長の堀江貴文氏の対談 [Chopperの『世の中みじん斬り』]
NEWS 23 、筑紫哲也氏とライブドア社長の堀江貴文氏の対談
(ポポのがんがれ日記さんに対談内容がありました)
TVは途中から見たのですが... [続きを読む]

既存メディアは「インターネットのジャーナリズム」をそもそも馬鹿にしてる風潮がある。
ところがメディアのいう「ジャーナリズム」だって、どこが?と聞きたいくらい。
「かわら版屋」から一歩も進歩していません。
投稿: は~とnoエース | 2005.03.09 21:15
トラックバック、そしてコメントの中での小職ブログの貼り付け、有難うございました。
僕も昨日の筑紫哲也とほりえもんの対談は、なかなか良い対談だったと思いました。筑紫哲也はジャーナリストとしての観点から質問をしてきましたが、それは決して高圧的でもひねくれた質問でもなく、純粋にあの立場の人が感じる疑問なんだと思いました。それに対してホリエモンの説明はなかなかわかりやすかった。時々抽象的な部分もありましたが、テレビ、ラジオとインターネットの融合で何が変わるのか、何が今と違うのか、何をしたいのか、があの短い時間のインタビューで伝えられたと思います。
僕も堀江社長の発言の中で共感した部分は同じです。その中でも「自分で発信して自分でチョイスすることをたくさんやっていくと、それで皆トレーニングされて、いいメディアの受け手、発信者になれる。」という言葉が僕はとても印象に残りました。こればかりは実際に体験してみないと分からない。いくら評論家が吼えても実感として分からない部分だと思います。我々のようなレベルのブログの世界でも、自分で考えて物を書き、たくさんの方々のブログを読んで考える。それは自分自身にとってのとてもいいトレーニングであり、ジャーナリストにはほど遠くても、だんだん上手に発信できるような力をつけてきているような気がします。ブログの力、これはこれからバカに出来なくなると思います。
投稿: ポポ | 2005.03.09 23:44
♪は〜とnoエースさん
確かに、今は「かわら版屋」なのかも知れませんが、
こうして多くの人が問題意識を持ち始めることによって、
少しずつかも知れませんが、良い方向へ進んでいくことを
私は望んでいますし、そうなると信じたい。
♪ポポさん
本当にその通りだと思います。
沢山の方々のブログを読み、様々な意見の存在を認め、
自分の頭で考え、そして自分の言葉で発信する。
言葉で言うのは易しいですが、行うのは難しい。
でも、一歩ずつ、良い方向に進んでいければと思うのです。
投稿: 現代音協楽 | 2005.03.10 01:42
「かわら版屋」は
少し言い過ぎました。(^-^)
投稿: は~とnoエース | 2005.03.11 16:28
初めまして、トラックバックを辿って流れてきました。
ジャーナリストの主流を占める世代が、あまりインターネットを理解していないのは確かですね。10年近くネットをやっていますが、メディア側の認識はあまり変わっていないように思います。ただ、今回の件に限らず何か事件があってネット(ブログ)で取り上げられた記事には、法的見地が全く欠けていたりして、全く的外れな部分を批判しているものが多く存在しますよね。確かに、そういうものを多く見て取捨していくことで、受け手としてトレーニングされていくのでしょうが…しかし一方では、その意見が法的根拠に基づくものだと思い込んで受け入れてしまう人も多数居る訳で、これをジャーナリズムとしてしまうのは違和感があったりします。ネットの情報は9割がデマと言われた時代から見ていると、最近ネットを始められた方達がネットの情報をそのまま受け入れ過ぎている事が逆に危険に見えてしまうんですよね…
投稿: Heizo | 2005.03.19 01:23
♪Heizo さん
初めまして。
確かに、数多くの情報から、受け手として自分が正しいと思う
ものを取捨選択していくのは、とても大変なことだと思います。
そして、インターネット上の情報を全てそのまま信じてしまう
人たちの事を心配するよりも、自分の力で情報を見極める事の
重要性を訴え、これからのインターネット時代に求められる
メディアの姿を模索していくことが、私たちに求められている
のではないかと思うのです。
投稿: 現代音協楽 | 2005.03.22 02:07