社説:行政に公共物の管理能力を問う
マッキントッシュについての評価は、人ぞれぞれに様々なものがある。ある人は「アトリエを持った」と言い、またある人は「最高を最初から」と言う。なかには「コンピュータに使われているんです」と言いながら、数ヶ月後には「いいね」と言って購入してしまう人もいる。まさに朝令暮改とはこのことである。ひどい場合には「小学生になろう」という言葉を信じて、小学生とスーパーファミコンのソフトを貸借りし、返してもらう約束をすっぽかされる事件まで起きているらしい。
それはともかくとして、いずれにしても初心者にとって非常に使いやすいコンピュータであることは、誰もが認めるところであろう。その第一の要因は、ほとんどの操作をマウスで行えるというところにある。98 系のコンピュータでは、キーボードを使って呪文を唱えなければ操作ができないと聞いた。だからと言ってキーボードが無くても良いと言っているのではない。キーボードが無くては、ワープロに文章を打ち込むこともできない。しかし、キーボードが無いからといって、研究室の備品を私用に使うなどということは言語道断である。今後、そのようなことが無いように、監視の目を強化していくことを行政に求めたい。
その第一歩として必要になってくるものは、公共物に対する意識改革である。研究の為だからといって、壁に耳あり障子に目ありとばかりに、壁に穴をあけることは、やはり慎むべき行為であろう。また、公共物とは言えないが、研究室の共同物品に対しても、公共物に対する意識と同じ気持ちで取り組む必要があるのではないだろうか。国家予算がなければ国の運営ができないように、研究室に於いても部屋費が不足すれば、その運営に支障をきたす。部屋費の滞納者は速やかに支払いを済ませるべきである。自由の為には義務があることを、心にとめて行動して欲しい。
「来年の事を言うと鬼チャラが笑う」とは未来を予測することの難しさと、甘い夢を見ることの愚かさを警告する諺であるが、最近の鬼チャラはギョピちゃんなどと言って、自ら甘い夢に浸ってしまっているのではないだろうか。ここで原点に戻り、思い切って心を入れ替え、各人が忘れてしまっている借金を返した後に、公共物の管理について考察したい。金の切れ目が縁の切れ目にならぬよう自らを省み、上ばかりを見るのではなく、下を向いて過ごしていきたい。
1991 年 11 月吉日発行:菅谷日報「社説」より
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